研究テーマ

 

 現代社会は人類の開発した機能性材料によって支えられています。例えば、スマートフォンでは誘電体、白色LED、リチウム電池電極など様々な無機材料が活躍しています。近年、環境破壊・エネルギー枯渇が世界的な大問題となっていますが、これらを打開する切り札として革新的な機能性材料の創出が期待されています。当研究室では、環境・エネルギー応用のための機能性セラミックス開発を行っています。


酸素貯蔵材料の開発とその応用展開


 多量の酸素を低温で可逆に吸収放出する金属酸化物は「酸素貯蔵材料」と呼ばれ、酸化還元反応の精密制御を可能にする機能性材料としてエネルギー・環境分野での応用が期待されています。これまでに私たちは、従来材料(セリアジルコニア固溶体)とは組成・構造が全く異なる物質群での材料創製研究を行い、マンガンをベースにした新規酸素貯蔵材料:BaYMn2O5+δ, Ca2AlMnO5+δおよび鉄をベースにしたLnCa2Fe3O8+δを開発しました。

 BaYMn2O5+δ
 Ca2AlMnO5+δ
 LnCa2Fe3O8+δ

 私たちが開発した3種類の新規酸素貯蔵材料は、いずれも新たな応用分野を開拓する可能性があります。BaYMn2O5+δについてはその顕著な酸素貯蔵特性に着目し、化学原料合成のための固体触媒や次世代電池の電極材料などへの応用を検討しています。一方、Ca2AlMnO5+δLnCa2Fe3O8+δについては、温度スイングのみで2-3重量%の多量の酸素を吸収放出する性質をもつことから、低温での酸素吸収プロセスと高温での酸素放出プロセスを組み合わせた酸素ガス濃縮へ応用できる可能性があり、実用化を目指した研究を進めています。


金属空気電池のための実用正極触媒材料開発

 近年、化石燃料依存からの脱却を目指し、電気自動車 (Electrical Vehicles, EV) が大きな注目を集めています。現行のEVに搭載されているリチウムイオン電池は充電容量が十分でなく、EVの走行距離は約200 kmに留まっていることが問題です。そのため、500 kmを走破するEVを見据えた高容量型の革新型蓄電池が強く求められています。

 革新型蓄電池の候補として、「金属空気電池」が期待されています。この電池では、正極の活物質に大気中の酸素、負極の活物質に亜鉛などの金属を用いて金属の酸化反応から電気エネルギーを得ます。したがって、正極には活物質を格納する必要がなく、電池容積の大部分を負極に充てることができるため、大きなエネルギー密度を達成できるのが特長です。

 この金属空気電池は、現在いくつかの技術的問題を抱えているため実用化に至っていません。その一つが正極における酸素反応活性の低さです。放電時に起こる酸素還元反応 (ORR)、充電時に起こる酸素発生反応 (OER) はいずれも活性化に大きなエネルギー(過電圧)を要し、そのロスを抑えて電池性能を向上するには優れたORR/OER触媒が不可欠です。

 私たちは、金属空気電池の実用化を目指して、貴金属を用いない新しい高活性正極触媒材料の開発を行っています。これまで培ってきた固体化学の知識を駆使して遷移金属酸化物の材料探索を行った結果、Ca2FeCoO5やSr2Fe2-2xCoxGe1+xO7をはじめとした優れたORR/OER触媒を発見しました。

Ca2FeCoO5
Sr2Fe2−2xCoxGe1+xO7

 

 私たちが開発した触媒は、触媒性能・耐久性・コストパフォーマンスのいずれについても従来触媒を圧倒しています。現在は、2030年以降の実用化を目指して本格的な実用化の検証実験を行っています。

天然ガス高付加価値化のための新規触媒材料開発

天然ガスの主成分であるメタンからさまざまな化学製品の原料となるエチレンへ直接転換する「メタン酸化カップリング (OCM; 2CH4 + O2 → C2H4+ 2H2O)」は、用途が少ないメタンを高付加価値化する反応として魅力的です。しかしOCMでは阻害反応であるメタンの完全燃焼 (CH4 + 2O2→ CO2+ 2H2O) を抑制するのが大変困難であり、収率や耐久性に優れた実用触媒が見出されていません。

過去の研究が複雑な混合物触媒に着目していたのに対し、当研究室では単一相の複合金属酸化物において触媒探索を行い、結晶性Li2CaSiO4が既知の混合物触媒に対して同等またはそれ以上のOCM活性を示すことを発見しました。興味深いことに、類似組成をもつ触媒Li2SiO3, CaSiO3, Li2SiO3 + CaSiO3混合物はOCMに対して活性が低いことが明らかになり、同一結晶中におけるLi/Ca/Siの相乗効果が高活性化のカギを握っていると考えています。

 

図. OCM触媒Li2CaSiO4.

 

独自合成手法「気相水酸化物化反応」による新規金属酸水酸化物の開発

 結晶構造中に水分子由来の水酸化物イオン (OH-) を内包する金属水酸化物(一般式Mx(OH)y)および金属酸水酸化物(MxOy(OH)z)は、多量のプロトン (H+) を内包する「プロトンキャリア」として環境エネルギー分野で重要な化合物群です。(酸)水酸化物は通常、室温付近の水溶液を用いたプロセス、例えば沈殿法、水熱法、湿潤雰囲気アニールなどで合成されることが多く、広く知られた層状水酸化物やペロブスカイト型酸水酸化物以外の未知化合物を得るのが困難でした。プロトンが介在する機能性にはプロトン伝導、固体酸触媒、電極触媒、イオン交換体など重要なものが多いため、新たな(酸)水酸化物の創製が強く望まれています。
 本研究室では、(酸)水酸化物の新規合成法「気相水酸化物化反応(英語では造語 “vapor hydroxidation” と命名)」を確立しました。本合成法では、独自開発した反応装置を用いて金属酸化物を高温・高濃度の水蒸気(例えば500℃以上、水蒸気80体積%)により直接水酸化物化します。この水蒸気濃度は室温飽和水蒸気の30倍以上(つまり、湿度3000%)であり、高温高濃度水蒸気雰囲気でのみ安定に存在する新物質・新材料の発見を狙うことができます。
 「気相水酸化物化反応」により新規酸水酸化物 [Ba2Ox(OH)y]0.55InO2を発見しました(図)。一般に、(酸)水酸化物は300℃程度で水分子を放出しながら分解するため、500℃以上の高温で物質合成する試みは非常識と見なされ前例がなかったのが重要ポイントです。今回見出した新規酸水酸化物は、バリウム水酸化物層とインジウム酸化物層が積層したユニークな結晶構造をもっており、(酸)水酸化物としては特異的に安定で約700℃まで水酸化物イオンを結晶構造中に保持できることが判明しました。さらに、プロトンを豊富に含む水酸化物層を有することから外部からのプロトン供給源がなくても500℃付近でプロトン伝導性を示します。
 我々の「気相水酸化物化反応」は、新規(酸)水酸化物の探索に極めて有効です。実際、本手法を用いて次々と新規酸水酸化物が見出されています。この革新的な合成法は、層状水酸化物やペロブスカイト型酸水酸化物を取り扱う従来の(酸)水酸化物研究と一線を画しており、未踏探索空間における革新的なプロトン機能性材料の創製が期待できます。

図. 独自合成手法「気相水酸化物化反応」と新規金属酸水酸化物.