1.非平衡コロイド分散系のダイナミクス

エマルションの崩壊過程

非平衡コロイド分散系の1つであるエマルションは、相互に不溶な2種類以上の液体が一方の液体が他方の液体中に分散された状態であり、熱力学的に不安定な系です。すなわち、いずれのエマルションも遅かれ早かれ最終的(平衡状態)には2層分離します。エマルションの崩壊には、クリーミング、凝集、合一、オストワルド熟成の4つの過程が関わっており、これらの過程は段階的に進行するわけではなく、相互に影響を及ぼし合います。エマルションの安定性に関する研究はこれまで多数報告されていますが、4つの過程を厳密に精査した研究はありません。当研究室では、これら4つの過程を独立的に評価し、様々な条件におけるエマルションの崩壊過程を明らかにすることを目的としています。その方法として微小重力環境の利用に着目しました。無重力の状態では水と油の比重差に起因するクリーミングは発生しないので、このような環境ではエマルションの崩壊過程を単純化することができます。当研究室では3D-クリノスタット(“研究環境”参照)という擬似微小重力発生装置を用いて地上での実験を進めていますが、共同研究を行っているヨーロッパの研究グループ(プロジェクト名:Emulsion Dynamics and Drop Interface)は国際宇宙ステーションでの実験を行っています。

2.両親媒性物質(界面活性剤)が形成する自己組織体の化粧品製剤への応用

両親媒性物質/長鎖アルコール系で形成されるαゲルの3次元ネットワーク構造(FIB-SEM画像)

界面活性剤は、水に馴染みやすい“親水基”と油に馴染みやすい“親油基”の2つの相反する官能基を有する化合物です。界面活性剤=洗剤というイメージが強いかもしれませんが、化粧品や医薬品、食品など多くの生活用品に含まれており、様々な機能を発揮しています。界面活性剤の特徴の1つとして自己組織体形成が挙げられ、ある溶媒中に界面活性剤を溶解すると界面活性剤分子は自発的に集まった会合体(自己組織体)を形成します。代表的な自己組織体である水中のミセルの場合、親水基を外側、疎水基を内側に向けて集合します。ミセルの他にも多種多様な自己組織体が形成され、これらの自己組織体構造は溶媒和した界面活性剤分子の幾何学構造によりコントロールされます。化粧品製剤の機能性を高める上で自己組織体は重要な役割を担っており、ナノスケールでの構造制御は欠かせません。当研究室では、種々の専用機器を用いて自己組織体のキャラクタリゼーションとその構造制御方法を探究しており、さらに自己組織体を化粧品製剤に繋げる応用研究を進めています。これまでの研究には、キュービック液晶から調製したナノエマルションの経皮吸収能評価や、自己組織体の洗浄剤への応用、αゲルの構造解析と皮膚有用性評価、逆紐状ミセルを用いた新しい微細乳化法の確立、両親媒性ビタミンE誘導体の自己組織化挙動と界面活性評価、などがあります。

3. 化粧品の有用性研究

皮膚計測の様子

皮膚および毛髪は外界からの異物侵入を防ぐバリア機能の役割を担っており、多くの化学物質やウィルスなどの異物は皮膚を介して簡単に体内に入り込むことができません。これは化粧品の有効成分にとっても同様で、単に化粧品を塗布しても皮膚内の生細胞まで有効成分を届けることは容易ではありません。そのために、化学的・物理的手法が用いて皮膚内への浸透を促進する方法が取られますが、自己組織体も1つの手段(経表皮薬物送達キャリア、TDDS)として用いられます。キャリアとしての浸透効果を明らかにするため、当研究室ではin vitro経皮吸収試験を行っており、また共焦点ラマン分光法を用いたヒト皮膚での非侵襲試験にも取り組んでいます。また、化粧品製剤や原料の有用性の検証には、当研究室ではヒトを対象とした臨床試験を実施しており、各種皮膚計測機器を用いて保湿状態やバリア機能(TEWL)、皮膚の粘弾性、皮膚色などを評価しています。また、専用のテープで角層を剥離し、角層から抽出した成分と皮膚性状の関係を調べる研究も行っています。