微生物が生産する代謝産物の生合成研究

微生物は、抗生物質など複雑な化学構造をもつ物質を生産しています。これらの物質は、グルコースやアミノ酸などの単純な原料を出発点とし、多段階の反応を経て組み立てられています。各反応の多くは、酵素として機能するタンパク質によって触媒されます。こうした代謝産物の生合成に関わる酵素群は、微生物の染色体DNA上の特定の領域にまとまってコードされていることが多く、ひとつの生合成酵素を特定できれば、関連する酵素を芋づる式に発見できる可能性があります。そのため、個々の酵素の機能を明らかにすることで、複雑な構造をもつ代謝産物の合成に関わる酵素群を同定できると考えられます。しかしながら、生合成経路の初期段階まで解明されている例は限られており、現在も多くの不明な段階が残されています。また、これらの遺伝子領域には、遺伝子発現の調節や代謝産物の排出に関与するタンパク質も含まれており、それらすべてが生合成に直接関わっているとは限らない点が、解明の大きな障壁となっています。それでもなお、最先端の知識と技術を駆使し、個々の課題を一つずつ克服することで、研究対象とする代謝産物の生合成経路の全容を明らかにすることを目指しています。

1. ポリケチド系天然物の生合成研究

エリスロマイシンに代表されるマクロライド系抗生物質や、ダウノルビシンに代表されるアントラサイクリン系抗生物質などは、非常に多様な生物活性天然物からなる化合物ファミリーです。これらのポリケチド化合物は、一次代謝産物である脂肪酸生合成系と類似した機構により生合成されます。
ポリケチド化合物の構造多様性は、いくつかの要因に起因しています。第一に、原料として使用される低分子有機化合物自体が多様でユニークであること。第二に、基本となるポリケチド骨格を形成するポリケチド合成酵素(PKS)が独特の構造を持ち、それによって多様な炭素骨格が形成されること。第三に、その基本骨格がさらに修飾酵素によって化学的に修飾され、最終的に成熟型の生物活性化合物として完成する点が挙げられます。これらの組み合わせにより、きわめて多様なポリケチド化合物が生み出され、さまざまな生物活性の発現につながっています。
当研究室では、マクロライド系抗生物質FD-891およびvirustomycin Aの生合成遺伝子クラスター(Biosynthetic Gene Cluster:BGC)を特定し、PKSの構造および機能解析、さらにはポストPKS段階で作用する修飾酵素の機能解析に取り組んできました。また、β-アミノ酸を開始基質とするマクロラクタム系抗生物質の生合成研究も精力的に行っています。現在は、これらマクロライドおよびマクロラクタム化合物の生合成機構の全容解明を目指し、研究を進めています。

2. アミノグリコシド系抗生物質の生合成研究

アミノグリコシド系抗生物質は、ストレプトマイシンやカナマイシンに代表される抗生物質群であり、特徴的なアミノサイクリトールにデオキシアミノ糖などが結合した、擬似オリゴ糖様の構造を有しています。
当研究室では、カナマイシンやネオマイシンに共通して含まれる1,3-ジアミノサイクリトールである2-デオキシストレプタミン(2DOS)の形成機構に着目し、研究を開始しました。その中で、ブチロシンの生合成遺伝子クラスター(Biosynthetic Gene Cluster:BGC)を世界に先駆けて報告しました。この成果を契機として、本抗生物質群におけるBGCの同定が進み、生合成研究が本格化するきっかけとなりました。さらに、ラジカル反応を触媒する酵素であるラジカルS-アデノシル-L-メチオニン(SAM)酵素の発見を含め、多くの興味深い酵素機能を明らかにしてきました。
現在は、これらの研究成果を基盤として、アミノグリコシド系抗生物質の生合成機構の全容解明を目指し、研究を進めています。

3. バクテリオホパンポリオール(BHP)の生合成研究

バクテリオホパンポリオール(BHP)は、多くの環境細菌によって生産されるトリテルペノイドの一種であるホパノイド骨格に、脂溶性の官能基が結合した化合物群の総称です。これらの化合物は、細菌の細胞膜の透過性や流動性の制御に関与すると考えられており、細菌の生育において重要な役割を果たす分子とされています。細菌の種類や生育環境に応じて、多様なBHPが生合成されていることが知られており、当研究室ではその生合成機構に着目して研究を進めてきました。中でも、ジプロプテンに対する5′-デオキシアデノシルラジカルの付加反応を触媒する酵素の機能を解明したことは、大きな研究の進展となりました。
現在は、この成果を足がかりとして、BHP化合物群の生合成機構を包括的に理解することを目指して、研究を継続しています。

4. その他の代謝産物

他にも、微生物が生産する二次代謝産物のユニークな化学構造に魅力を感じ、それらの生合成遺伝子クラスターの同定と機能解析に取り組んできました。現在も多くの生合成段階が未解明のままであり、その全容解明を目指して研究を継続しています。

酵素の精密機能解析

機能が明らかになった酵素については、その反応機構にも関心が向けられます。このような場合には、酵素の立体構造情報に基づく変異導入実験や反応速度論的解析など、より詳細かつ精密な解析が必要となります。近年では、AlphaFold3をはじめとする構造予測技術の進展により、結晶構造が得られない場合でも、アミノ酸レベルで反応機構を解析することが可能になってきました。また、安定同位体で標識した基質や独自に設計した阻害剤を用いることで、酵素機能に関する有益な知見が得られることも多くあります。
当研究室では、特に新規性が高く興味深いと考えられる酵素を対象に、こうした精密機能解析にも積極的に取り組んでいます。

タンパク質間相互作用に関する研究

微生物の代謝産物は、複数の酵素による多段階の生合成反応を経て合成されます。この過程では、生合成中間体が各酵素により厳密に認識・変換され、次の反応を担う酵素へと受け渡されます。こうした中間体の効率的な受け渡しには、酵素間のタンパク質間相互作用が関与していると考えられています。たとえば、ポリケチド合成酵素(PKS)では、翻訳後修飾されたアシルキャリアータンパク質(ACP)にアシル基が結合した状態でポリケチド鎖が段階的に伸長されます。PKSを構成する各触媒ドメインは、アシル基だけでなくACP本体とも相互作用しながら、反応を効率的に進行させています。このようなタンパク質間相互作用は一時的であるため、その存在を検証する手法として、相互作用が起こったときにのみ反応してクロスリンクを形成させる分子プローブを用いた方法が知られています。得られたクロスリンク複合体を用いた結晶構造解析により、通常は一過性で観察が困難な相互作用を可視化することが可能です。
当研究室では、このクロスリンクに用いる分子プローブを独自に合成し、PKSをはじめとした酵素間の相互作用解析に活用しています。また、アミノ酸を運搬するキャリアータンパク質(CP)と相互作用する非リボソーム性ペプチド合成酵素(NRPS)にも注目し、研究を進めています。

微生物ゲノムマイニング

難培養微生物を含む多様な生物のゲノム情報が、近年急速に蓄積されています。これまでに明らかになった酵素の機能から着想を得ることで、機能不明なタンパク質の機能を予測することも可能です。予想外の反応を触媒する酵素は、まだ多く存在していると考えられます。現在はアイデア段階のものも多いため、詳しくは個別にご説明します。